口 実



「なにこれ?信じらんねえっ!」

 扉を開けての目の前の光景に、若島津は眩暈が襲ってくるのを感じた。おもわずくらくらと倒れそうな身体をすぐ後ろに立っていた若林が支え、大丈夫か?と呑気に尋ねてくる。

「・・・お前さあ、誰のせいでメマイ起こしてると思ってんだよ・・・」

 やや疲れた声で答えると、支えてくれている若林の手を邪険に振り払い、大きくため息をついた。

 まあ、こいつに部屋に誘われたときから予想はしてたけど、まさかここまでヒドイなんて、想像できなかったぜえ・・・

「・・・で?一応聞くけど、なんで俺をお前ン家に招待してくれたのかな?まあさあかあ、これだけ足の踏み場もないてめえの部屋を俺に片付けろ、なんて言わないよな?」

 にっこりと極上の笑顔で尋ねてみる。と、若林はわはははっと少々引きつった笑いをした。

「わぁかぁばぁやぁしぃぃ?」

 ぎろりと睨むと、彼の人はうーっと低く唸りしゃがみこんでしまった。

「・・・・・・」

 わざとらしく大きなため息をつき、くるりと背を向けた。

「・・・わかったよ。1週間の昼飯で手をうってあげましょー。」

「ほんと?」

 途端、瞳を輝かせる若林を仕方ないとでも言いたげな表情で見下ろす。

「嫌だけどさ、本当は。ま、天下の若林源三にそんな格好させちまったら、しなくちゃなんないって気になっちまうだろ?」

「じゃあ、俺、晩飯でも作るわ。」

 喜々として大きな冷蔵庫を開く男を尻目に、若島津はもう一度大きなため息をついてから部屋中に脱ぎ散らされた衣類から始めることにした。

 

 

「何度も言ってるけどさあ、ちゃんと立派な洗濯機があるんだから、洗濯だけでも自分でしなっ。」

 見違えるようにきれいな部屋の真ん中で、乾いた洗濯物をたたみながら若島津は何度となく繰り返してきた台詞を吐いた。

 こんなことまでしなくても・・・と思われる方も多いだろうが、洗濯物をたたまずに部屋の真ん中に置いても、若林は決して自分でタンスにしまったりはしない。そのうえ、彼は着たものを脱ぎ散らすので、結局、どこまでが綺麗でどこからが汚いのかわからなくなり、若林からのお招きの声が早くかかってしまう。

 そんな理由で若島津はこのぐーたら男の洗濯物をたたみ、タンスの中にしまってやるのだ。(ごめんね、健ちゃん。)

「スイッチ押せば、乾燥までしてくれるんだぜ。干す面倒もないし、24時間いつだって洗えるじゃんか。」

 どうしてこいつはこんなにぐーたらなんだろう・・・。金持ちの坊ちゃんなんだから、まったくまったく。

「まあまあ落ち着けよ。メシも出来たからさ。」

 一人腐っている若島津に若林はへらへらと声をかけた。一応、感謝の気持ちはあるらしい。

 

 

「お前さあ・・・」

 ダイニングルームの椅子に座り、目の前で食器を並べる男を見上げながら若島津は呟いた。

「掃除・洗濯してくれるオンナ、早く作れよな。俺はてめーの面倒みるためにはるばるドイツに来たんじゃねーんだぜ。」

 おや?という表情をしながら、目の前の椅子に若林が座る。

「俺のためにドイツに来てくれたんだと思ってた。」

 ニヤリと笑って答える若林に、バカモノと平手をくれてやった。

「でもさ、お前だって彼女いねえじゃん。」

「てめーと違って、俺は世話してくれる奴、必要じゃねえもん。」

 左頬をさすりながらうらめしそうな表情のやつを無視して、若林お手製の沢庵を1切れ口に放り込んだ。

「まあさあ・・・」

 自分もわかめと豆腐の味噌汁を飲み下し、若林は口を開く。

「俺はお前がいるから、当分オンナなんていらないな。」

 その一言に若島津は眉をピクリと動かした。

「なんで?なんで俺がいると彼女がいらないわけ?」

 食って掛かりそうな勢いの彼に、そりゃあさ、と嬉しそうに、幸せそうに、にっこりと若林が微笑む。

「俺、お前のこと、好きだからさ。」

 その台詞を聞いたとたん、飯を食べていた若島津はおもいきり、むせてしまった。

 ごほんごほんと2、3回咳払いし、どうにか息を整えてから恐る恐る、本気?と上目遣いに尋ねてみる。

「とーぜん。あ、もしかして今まで気ィついてなかった、とか?」

 今まで、こいつは人の心を読み取るのが得意だと思ってたけど、ただの鈍なのかもしれん。

 自分としてはかなりモーションかけていたつもりだった。彼がドイツに来たのも自分がいるからだと思っていた。

 今までの自分はなんだったんだ?とちょっと若林は悲しくなってしまった。

「普通、男が男のこと好きだなんて、気づくかよ。それに、そんなに嬉しそうに『好きだ』なんて言うなよ。俺のほうが恥ずかしくなってくる。」

 若島津は、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 女なら星の数ほど告白された。そして自分の心に何も与えず通り過ぎていった。

 だけど。こんなに胸が高鳴る告白をされたこと、あったっけ?

 胸が温かくなるような、それでいて引きちぎられるような、こんな思いをしたのは初めてかもしれない。

 それは、男からの告白だから、だけじゃない。

 じゃあ、なんで?

「若島津?」

 目の前の男を見る。優しい瞳・大きな手・広くて温かいその胸。

「ごちそうさま。」

 箸を置いて席を立つ。なんだかこれ以上考えたらいけないような気がする。

「帰るよ。なんだか頭がくらくらする。」

 赤い顔をしたままふらふらと玄関に向かって歩きだす。

 もう帰るのか?と言いながら見送るために後を追う。

「認めちまったら楽なのに。」

「?」

「いえ、なーんでもありません。明日の昼はいつもの場所で待ってるから。」

 明日から1週間昼飯奢らせていただきます。そう言ってにっこり笑う。

 

認めてしまう日はそう遠くないかもしれない。

だって、今の笑顔で更に赤くなった自分がここにいる。

 

「今度はキレイな部屋に招待するよ。今まではお前に部屋に来てもらう口実にわざと散らかしてたからさ。告白してしまったし、もう口実なんて意味ないよな。これからは素直に会いたいって言うことにするよ。」

 若林の優しい瞳につい「そうだな」と頷いてしまう。

 

 

 とりあえず、明日の昼は何食べよう?




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